木のアイコンOne Day --ックナンバー--

読むべし!

ばらしいpapakaoriさんの手づくり本!レイアウトも内容も、とってもすてきです。売り切れてしまいましたが、スペシャルパッケージ版もあって、これがまた、もうもう!と私はウシになってしまいそうでした。
結局フカさんスペシャルパッケージを選択。おととい届きました(写真が撮れなかったので、papaさんのサイトでご覧ください)。パリ特集号ですよー。

Papa365+(papakaoriさんのサイトです)
春書簡
2002/11/13


待ち焦がれるクリスマス

どものころ、私にはクリスマスがありませんでした。「どうしてなの?」と聞く私に母は「クリスチャンじゃないでしょ」とクールに。「そんなのいいからやってよー」と言ってはみたけれど、だめでした。
そんな暗い過去があるせいか、クリスマスには「何か」がほしいのです。豪華なプレゼントがほしいとか、ミサに行きたいということではないけれど、日常にポチッとアクセントになるような「何か」が。それは自分にプレゼントでもいいのです。
今年は、エルマーのぬいぐるみに決めていました。でも、その後も次々と私の前にあらわれるのです。もう決めているというのに。
一つは町子さんのピンクッション。誰にも教えたくないくらいすてき!でも、黙っていることもできないほどすてきなのです。クリスマスに向けてフリマをなさると伺ってしまったから、もうたいへん。わくわくソワソワしています。
そしてまた一つ。Saccoさんのトナカイ柄の布箱。ショップで販売なさるそうだけど、競争率がとっても高そうで、きっと私のものにはならないでしょう‥‥。でも、可能性はゼロじゃないしと、こちらもサイトを眺めては落ち着きません。

町子さんのサイト「Syumizin
Saccoさんのサイト「Sacco
2002/11/06


ポッキーの日

近ではほぼ毎日が何かの記念日です。今日は特に多くて、「下駄の日」「電池の日」「鮭の日」「靴下の日」 「ピーナッツの日」「ジュエリーの日」「サッカーの日」といっぱいあります。
中でも私が好きなのは「ポッキーの日」。1999年(平成11年)の11月11日にスタートした記念日で、11月11日がポッキーを並べた形に似てるということらしい。でも、それなら1月
1日でも良かったのでは?と思うけど、たくさん並んでる方が私もいいな。
ポッキーを見ると、子どものころチョコレート部分が少ない気がして、持ち手の部分を少しかじってから食べていたのを思い出します。最後においしいところを食べたい子どもだったのですよね、今もそうだけど。
それで、結局最後には手がチョコレートでベタベタになるのでした。

ポッキー&プリッツの日(江崎グリコのサイトです)
2002/11/11


はな繪さん

所のスーパーマーケットに、カンガルーポーがあるのに気がつきました。私が始めてこの花を見たころは、まだ珍しくて価格も安くはなかったと記憶しています。今では田舎の小さなスーパーマーケットにも並ぶようになったのですね。そのころのことが、ずいぶん昔のように思えます。
吉祥寺の「4ひきのねこ」でもよく見かけたカンガルーポー。たいして花の名前に詳しいわけではなかったけど、カンガルーポーは変わった形と名前なので覚えていました。いつもは「これとあれをください」と指さしてお願いしていたのですが、花の名前を言って、はな繪さんにオーダーできて嬉しかったのを思い出しました。
花を仕事にしてみたら 最初に読んだはな繪さんの本は、「就職しないで生きるには」というシリーズの中の一冊として1983年に出た『花屋になりたくない花屋です』でした。こんなふうにしてやりたいことを実現することもできるのだ、と元気が出る本です。
花を仕事にしてみたら』でも、率直な語り口が楽しくて。もう新しい本を読めないのがとても残念です。


時代は変わる
2002/11/10


メキシコ歌謡?

ルロス・カレラ監督の『El Crimen del Padre Amaro』が、メキシコで記録的ヒットというニュースが流れたのが9月。やっとわが家にもこの映画のサウンドトラックがやってきました。主演はガエル・ガルシア・ベルナル。以前取り上げた『天国の口、終りの楽園。』と同じ、あの濃い系のかっこいい俳優です。
そのニュースによれば、この映画は「19世紀のポルトガルの小説を現代風にアレンジして映画化したもの」で、「聖職者のスキャンダルを描い」
ているため「カトリック教会や保守派政治家らが国民に見に行かないよう訴えていた」そうです。でも、見るなと言われれば、ますます見たくなるのが人情ですよね。

さて、このディスク、ところどころにとっても濃い曲が挟まっています。なんというのでしょうか、演歌に熱気を込めたというか、古い歌謡曲というか、アレンジもそんな感じ。歌詞は全くわからないけど、ベタなラヴ・ソングだろうと思います。
昔なら大嫌い!のタイプなのに、今の私にはなんだかフィットするのです。嫌じゃないどころか、リピートして何度も聞いてしまうありさま。

Vincent DELERM(One Dayです)
天国の口、終りの楽園。(One Dayです)
NUEVO(One Dayです)
El Crimen del Padre Amaro(映画の公式サイトです)
どんな人がうたってるのかな?とネットで調べてみたら、こんなおにいさん→でした。
Pablo Montero(
パブロ・モンテーロ)さんです。写真は彼の新作『Pidemelo Todo』のジャケット。
7曲目「Te Odio」が映画のサウンドトラックに収録されているようです。
Pablo Montero
2002/11/09


おそらくでしょう

章を書いたり、話したりするときに、つい出てしまうフレーズがあります。私の場合、“おそらく〜でしょう”というのが、それです。断定できないことがらを書くときに、断定に近い印象を与えるような表現をしてしまうのです。これは、なるべく避けるようにしても、ついつい出てしまうクセのようなものでしょうか。
あるとき夫に指摘されました。「そういうときは普通、“あるいは〜かもしれません”と書くんじゃないの?」私は断定から遠い言い回しと思っていたのですが、雰囲気がかなり違うのですよね。“おそらく〜でしょう”は、そうとう踏み込んでいる、という印象を与えます。確かに彼の言う通り。
かつて私は、一休さんのシンエモンさんのことをOne Dayに書きました。そこでも、話の勢いが増してくるのが、“おそらく〜でしょう”の部分です。
引用してみましょう。いささか強引ですが「シンエモンさん=ハーフ説」を展開している部分です。

日本とポルトガルとの関係で、大きな出来事の一つに鉄砲伝来があります。これは1543年のことでした。一休さんはそれより前の南北朝時代の話です。ポルトガル人が日本に来ていたのかどうかは、なんとも言えませんが、当時は大航海時代。来ていなかったと言い切ることもできないでしょう。
さぁ、話が核心に近づいてきました。私が何を言おうとしているのか、わかりますね?そうです。シンエモンさん=ハーフ説!ひそかに入国してきたポルトガル人と日本人娘との愛の結晶。おそらく本名は、シモンでしょう。

“おそらく〜でしょう”で、ぐーっと背中を押していますよね?自分で読んでいても、笑っちゃう論の進め方です。ここが「あるいは本名は、シモンかもしれません」では、印象が全く違います。力強く「おそらくでしょう!」と言う私なのでした。

新右衛門
2002/11/08

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