| 陽水、世界へ 2004/03/27 新聞の広告欄、芸術新潮に目がとまりました。ジェーン・バーキンのインタビューが掲載になっているようです。なぜ今? 本屋さんでチラっと見たら、井上陽水とのデュエットが収録されている『ランデ・ヴー』が3月31日に発売とありました。こんなにすぐ出るなんて、日本で予約すれば良かった‥‥(フランスのショップで予約しています。3月30日の発売)。 このディスクのことは、今年に入ってすぐくらいに知ったのですが、デュエットしているシンガーの中に「Yosui INOUE」の名前を見つけ、一瞬、目を疑いました。 どんな仕上りになっているのか、とても楽しみです。陽水さん、世界デビューおめでとう! ちなみに、デュエットしているのは、「カナリー・カナリー」。『LION&PELICAN』の「カナリア」です。 |
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| 握手 2004/03/26 マーマレードをいただきました。愛らしい「帽子」付きです。麻紐を編んだリボンは、先がミトンのようなハート型になっていました。コシがある素材なので、まるで手をのばしているように見えます。 こんにちは。はじめまして。 |
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| 酸っぱくて甘くて、とてもおいしいマーマレードです。週末、スコーンでも焼いてみようかな、と思います。 |
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紙バンド 2004/03/23 昨日降りはじめた冷たい雨は、山では雪になりました。東京では桜も咲いたというけれど。低気圧の接近で、肩と首が痛いです。私はこちらに来て、たいへん「ピュア」な身体になったようで、気象の変化を敏感に感じるのです。 ピュアになった!と夫に自慢していたら、「それって、ただの加齢現象なんじゃない?」という鋭い指摘がありました。 中央文化出版のサイトを眺めていたら、絵本の製本についてのページを見つけました。 わかりやすくて、とても参考になります。読んでいたら、あ! 糸綴じの前に目打ちで紙に穴を開けますが、その際、用紙が動かないようにバンドを掛けておく、とあるではないですか。 たぶん、とってもあたり前のことで、みなさん普通に実践していることだろうと思いますが、私は知らなかったのです。ずれないように慎重に押さえていても、だんだん崩れてゆくページ。曲がる穴。原因はこれだったのでした。 後から重要なことに気が付くことが多いのです。もしかすると、いつもそうかもしれません。 でも、これは加齢とは関係ありません。間違いなく、資質の問題です。 |
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| のこされたもの 2004/03/20 いつもかたわらに置き、折にふれ読み返している『コルシア書店の仲間たち』。 この本について何か書きたい、と長いこと思っていたのです。この文章を書き始めてから、今日が著者の須賀敦子さんの七度目の命日にあたることに気付き、深い感慨を覚えました。 |
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| 私は人知の及ばぬ超常体験のようなものをほとんど信じないたちですが、時としてあるこのような偶然のめぐりあわせには、それとは別種の私なりの意味を認めてもよいような気もします。 この本が刊行されて間もない頃だった思います。ある友人から熱を帯びた口吻で本の感想を記した手紙が届いたことを憶えています。「カバーに舟越桂氏の彫像〈言葉が降りてくる〉をあしらった『コルシア書店の仲間たち』は、その装丁の印象の好ましさにおとらぬ透徹した意識と感受性とに支えられた美しい文章によって、それを読む者に強靭な精神によって支えられた人間の内面の孤独とでもよぶべきものを、おだやかにではあるけれども心に強く、また深くうったえてくるすぐれた内容の本でした」。 そして、手紙に短く引かれていた書評を読んで、この本が「50年代から70年代初めにかけて、ミラノの進歩的なコルシア書店に出入りしたさまざまな人々のドラマを、二十年余りたってから、その一員であった著者が芳醇な文体で味わい深く綴った回想記」であることを知るとともに、須賀さんにとってまだ二冊目の著書であることに驚いたものでした。 現在では言わずもがなのことであり、またおそらくは著者のイタリア在住当時にあっても、異国における見聞を時を隔てることなく世に知らしめることは、とくに難しいことではなかったと思います。そしてそのようにして書かれた書物の数は、その優劣を問わずにおけば、けっして少なくはないことでしょう。 書物を情報としての新しさという指標でのみ価値付けするならば、おそらく二十年という歳月を経たのちに記されたエッセイなど、読者には何の感興も惹き起こさないはずです。 にもかかわらず、当時『コルシア書店の仲間たち』を読んだ私がそこにつよい印象を覚え、それが再読三読にたえる力のある作品であると直感したのは、むしろ年月とともに豊穣さをくわえるかに思える人間の精神的営為の素晴らしさが、おだやかで温もりのある語り口に仮託された明晰な文章によって、ここにはっきりと描かれていたためかも知れません。 そして帰国後の二十年というけっして短くはない時間が、著者にとっての空白としてあったのではなく、むしろこの本が書かれるためにはそれだけの時間を必要としたという事実に、深く心を動かされたのでした。 |
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| 結びに書かれたこの作品の白眉といえる一節、須賀さんの生きることの姿勢を端的に表現しているこの言葉を読むたび、懼れにも似た心のふるえを感じます。 私にとってひときわ光彩を放ってみえる『コルシア書店の仲間たち』をふくめ、生前上梓された須賀さんの作品を収めた五冊の著書は、その資質と経験の結晶したいずれも甲乙つけがたいほどすぐれた散文作品です。祈りにも似たこれら本の、その交響を感得すること。須賀さんが他界して六年ののち、あらためてこのようなことを考えました。 |
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| プチださ 2004/03/19 フレンチ・ポップスの特徴は、「プチださ」。好きだけど、そう思うのです。アクセル・レッドも、その伝統をしっかり受け継いだ「プチださ」系。ちょっと古めのサウンドが、愛らしいのです。 エリ・スムンの『Chansons』が良かったので、アクセル・レッドのアルバムを買いました。『Sans Plus Attendre』。聞くところによれば、彼女はベルギーのヴァネッサ・パラディと言われているそうですが、声質は近いけど、肌触りがずいぶん違う。 レニー・クラヴィッツとアルバム(『Vanessa Paradis』)をつくったりしてきただけあって、ヴァネッサのサウンドは、ぜんぜんフランス風ではありません。フランス語で歌っていても。 そういえば、ジュリー・デルピーのアルバム『Julie Delpy』も「非プチださ」でした。アメリカの影響が強くなると、フレンチ・ポップスではなくなるのかもしれません。 私は欲張りなので、「プチださ」も「非プチださ」も両方好きです。 |
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| プレジール 2004/03/17 やはり『プレジール』が『Chansons』の日本盤でしたね!曲目が掲載されるようになったので、やっと確認できました。 以前One Dayにも書きましたが、自信を持っておすすめするフレンチ・ボサノヴァです。暖かで爽やか。ドライブにもランチにも、もちろん夜でも、いつ聞いてもしっくりくるサウンドで、私も繰り返し聞いています。日本盤の「よろこび」というタイトルが、ぴったり合うディスクだと思います。それに、日本では原題の「シャンソン」だと、いわゆるシャンソンと思われて、なかなか手に取ってもらえないですものね。 私が一番好きなのは4曲目の「La chanson idéale」。勝手に「こころの歌」と言っています。「idéale」は「理想の」と訳すのが一般的ですが、「そのものとして持つべき最上のものを備えた」というニュアンスだと思いますので、日本語では「ほんとうの」ということばが近いのではないでしょうか。それなら、「オレのこころの歌」みたいな感じでも良いのでは、と思って。エリ・スムンは、優しい「僕」系で、ぜんぜん「オレ」っぽくない人ではありますが。 あと、6曲目のAxelle Red(アクセル・レッド)とのデュエットも、とても良いです。 |
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